「・・・月森くん?」

 たまたま通りかかったグラウンド脇の水道に、珍しい人物を見つけて、私は思わず声を掛けた。
 第一セレクションもつい先日終わり、次に向けて練習を始めたくらいのことだった。

 優勝した月森くんと、七位だった私。
 もともと学科も違うし、月森くんはあまり人付き合いするようなタイプではないから、今まで言葉を交わすことも数回だ。

 それが、どうして今回声を掛けたんだろう。
 不思議だったのは、月森くんも同じだったようだ。
 びっくりした顔で振り返った。

「あ・・・えと・・・」

 声を掛けたは良いが、特に何か用があったわけではない。
 言葉に詰まっていると、月森くんはとたんにいつもの憮然とした表情になった。

「何か?」

 うっ・・・、なんだろう。いつもより凄みがある気がするのは。
 たじろいた私に、月森くんはふと顔を背けた。

「・・・今は気が立っているんだ」

 そう言ってため息をつく月森くんの頭から水のしずくが滴り落ちる。
 わずらわしそうに腕で額をぬぐう姿は、いつもの冷静な彼からは想像できなくて何だか意外だった。

 私はポケットを探してハンカチを差し出した。
 不審げな目で私を見る月森くんに、私はあわてて付け足す。

「大丈夫、それは予備のだから、使ってないの」

「・・・・・・」

 なかなか受け取ってくれないので、思い切って手を伸ばして、さらさらの彼の髪の毛の水気をぬぐった。

「なっ・・・」

「顔でも洗っていたの? でも、タオルを持っていないなんて、珍しい」

 完全に乾かすまでにはいたらなかったものの、余分な水気はぬぐえたはず。
 水も滴るいい男、なんていうけれど、この時期だって頭から水をかぶってそのままにしていたら、風邪を引いてしまう。

「これでさっきよりはましになったと思うけど・・・」

「いや、十分だ。・・・その、すまない」

「えっ」

 普段無表情か憮然とした表情しか見たことがなかったので、目を伏せてすまなさそうにしている様子はますますいつもの彼らしくない。
 これまでは厳しくて怖い人、というイメージがあったけれど、今日は何だかたくさん月森くんの違った一面が見られた気がする。

「あ、じゃあ、次移動教室だから、行くね」

「そのハンカチ・・・」

「え?」

「洗って返す。貸してくれないか」

 悪いよ、という私を押し切って、月森くんは私からハンカチを受け取ると、さっさと更衣室へ行ってしまった。

「・・・それにしても、更衣室前にも水道あるのに、どうしてわざわざ遠くまで来たんだろ」

 特に、無駄を好まない彼のこと、確かに不自然なことなのだが、そのときはそんなこともあるのかな、くらいに納得してそれ以上深くは考えなかった。




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