聖なる夜

2‐1


「ねえ、校舎の中で道に迷ってしまったんだけれど、案内してくれない?」
 
来客用の応接室や理事室、職員室などが集まるフロアの廊下を歩いていると、聞き覚えのある声が不意に聞こえて、アンジェリークは立ち止った。

 この声は・・・。

「ルネさん!」

 声の主がすぐに分かったので、振り返ると同時にその人物の名を呼ぶ。
 視線の先には、思い浮かべた通りの人物が立っていた。

「やあ、アンジェリーク。久し振り」

 淡い金色の髪の毛の少年は、アンジェリークの顔を見るなりにっこりほほ笑んだ。
 小柄な身をカルディナの中等部の制服に身を包み、いつもと変わらぬ、少しいたずらっぽい表情をしている。

 その隣にはもう一人、見知った人物がいた。

「あら、マティアスさんも」

「ええ、こんにちは。アンジェリーク」

 穏やかな様子のこの人物は、カルディナ大学をはじめとする付属学校の理事だ。
 そんな理事と中等部の生徒の組み合わせは、意外といえば意外だったが、クリスマスパーティのことを思い出したアンジェリークは、ああ、と納得した。

「今日は、クリスマスパーティの打ちあわせですか?」

「うん、そうなんだ」

 やっぱり、ハンナの言ったとおり、カルディナの人がこの学校に来ていたんだわ。
 急速に広まる喜びは、素直に表情に出てていたらしい。

「何? そんなにクリスマスパーティが気になる?」

「え?」

「すっごく幸せそうな顔をしているから」

 幸せそうな顔をしているのは、思いがけず会いたい人に会えたからなのだが、そんなことを言うのは恥ずかしい。
 アンジェリークはあいまいにうなずいた。

「ええ。それにしても、クリスマスパーティを企画していただけるなんて、とても素敵です。友達もとても楽しみにしています」

「ふうん。キミも、楽しみにしていてくれるの?」

「もちろんです」

 自信を持って大きくうなずくと、ルネは何故か顔をそらした。
 気のせいかもしれないが、顔が赤かったような・・・。

「? ルネさん?」

「ルネも楽しみでしかたないのですよ」

 黙り込んでしまったルネに代わって、マティアスが口を開く。

「今回も、カルディナの理事発案で行われるのです。しかもルネは実行委員にも選ばれていますから、その日が楽しみでしかたないのです」

「そうなんですか。じゃあ、理事のマティアスさんには感謝しなくちゃ。こんな素敵な企画を考えてくださって、ありがとうございます」

 アンジェリークはそう言って頭を下げる。
 すると、何故かマティアスは微妙な表情を浮かべた。

 ――――あら? 何かいけないことを言ってしまったかしら。

 アンジェリークは首を傾げたが、マティアスの顔にはすぐに笑みが戻った。

「それは、良かったです」

 マティアスはそう言うと、黙り込んでしまったルネを促す。

「さあ、そろそろ帰りましょう。すっかり長居をしてしまいましたから」

「うん、そうだね」

 二人はアンジェリークに別れを告げると、来客用の玄関に向かっていった。

「どうしたのかしら、二人とも・・・」

 なんだか釈然としない気持ちを抱えながらも、久しぶりの再会は、アンジェリークの心に甘い気持ちを芽生えさせていた。







3へ   back