(あなざぁ用心棒・番外編)
   〜望月藩『姫君ものがたり』〜





「おい―。」
「ん・・・。」
 いつの間にか、壁の端にもたれかかったまま熟睡していた事に気付く。軽く触れられた肩先の手の感触に、眼をこすりこすり小さく欠伸ひとつ。
「え〜と、宗重さん・・・、いや、心さん・・・? もう、朝ですか・・・???」
「・・・雇い者の用心棒にまで『さん』など付けて呼んでいたのか、お前は・・・。」
「だから、なんと言われても年上の人や、命の恩人を呼び捨てなんて・・・。」
 そう答えてから、はた、と気付く。ここに、宗重さんや用心棒達がいるはずが、無い。
「あ・・・、霞丸さん! ごめんなさい、私、寝ぼけていてつい・・・★」
「そして、敵まで『さん』付けなのか―。」
「え、だって、霞丸さんも、治基さんも、私より年上ですよね?」
 かなり焦ってそう言いながら、おもわずマジマジと相手の顔を見つめてしまう。もし年下だとしても、用三郎のように『可愛らし〜く呼んでね@』対応が、果たして出来るものなのだろうか。
「・・・・・・ダメ。」
「何?」
 今の状況で、一体年齢の話が何の関わりを持つのか―。どうやら真剣に考えあぐねいていたらしい忍びが、真剣な呟きに反応し、そちらを見る。
「ダメ、出来ませんっ!」
 うるっ、と。半分涙目になっている少女の見上げ視線に、内心たじろぎながら。昨夜よりは幾分対応に慣れてきた、とも言える鉄面皮を被り、霞丸は言う。
「何をだ?」
「そんな、霞丸さんや治基さんが、万が一にも年下だったとしても・・・」
「いや、おそらくそれは無いと思うのだが・・・」
 ―そういうお前はいくつなのだ、と。尋ねて良いものかどうかの判断が、一瞬つきかねて沈黙を生む。主は言った。
 『良いか、霞丸―。女人に年齢を問い尋ねるは、鬼門だ―。』
 ―しかし、この場合は、それを知らねば何とも対応が・・・、と。ブツブツブツ・・・、一人思案に明け暮れる忍びの動きが、再び停止するまで、ほんの一秒足らず―。
「そんな、霞丸ちゃん(はぁとv)とか
治基ちゃん(はぁとv)なんて、私には・・・!!」
 ― ・・・・・・ぴきっ・・・・・・。
 風魔霞丸―、その名の通り、速やかなること霞の如き忍びの顔が、遮光型土偶の如く固まってしまったのも、また瞬間冷凍かくの如く―、一瞬の内の事であった。
「か、霞丸、さん・・・・・・?」
「ええい、しっかりせぬか、霞丸っっっ!!」
「!!???」
 そこへ突然現れたるは、大男を伴った忍びの主―『大野治基』―。
 さながら魔●転●風というか、●草●郎か、とツッコミたくもなるような衣装と、胃痛持ちではないかと危ぶまれるような不健康な顔色の青年に、おもわず言葉を失ってしまう。
「は、治基さん!? と、あの、すみません、貴方は・・・?」
「お初にお眼にかかる! 大野治基が弟、大野信正と申しまする、初姫様!!」
「あ、初めまして・・・。あの、でも、私・・・、何度も言ってるんですけど、『初姫』さんじゃないんです。」
「己れの名にまで『さん』付けとは―、いよいよもって気が触れられましたかな、『初姫』殿・・・?」
「ですから、私は『初姫』さんじゃないんですっ! 順を追って説明させていただきたいとも思いますけど、多分いくら治基さんでも、こんな話信じていただけないかと思います!」
「こら! 治基様へ無礼な物言いを・・・!!」
「良い、霞丸。」
 意外なほど冷静に、我に返った忍びを言葉で制すると。続いて彼は、こうも続けた。
「外に出してやれ。そして姫君の言う、この私には理解の出来ぬようなお話とやらを、是非お伺いさせていただこうではないか・・・。」
「・・・御意。」
 突然の展開に、ポカンとしながらも。開けられた牢屋の入り口から、ゆっくりと外に出る。そして、うっ、と。小さく呻いて、片手を上げる。
「どうした?」
「あ・の〜★ すみません、昨日無理な体勢で寝ていたので、すごく体中筋肉痛なので・・・。ちょっと、体操させていただきます・・・★★★」
 そして、おもむろに―。うろ覚えの、ラジオ体操第一〜。
 唖然としながら、それを見守っていた三人の内―。何故か信正が、見よう見真似で体操を始める。
「・・・信正?」
「いや、これは、兄者っ。なかなかっ、良い感じにっ、体がほぐれますぞっ・・・!」
「あ、そうですか? 宗重さんも、同じような事をおっしゃってましたね、そういえば・・・。」
「ほほぉ。筑波宗重と言えば、それなりの剣豪―。ならば、それがしも負けてはおられませんなっ!!」
「はぁ★ おサムライさんって、大変なんですね・・・★」
「なんの・なんの! 主君の為ならば、その身を投げ打ってでも仕えるのが武士の本分でありますからなっ!!」
「そうなんですか? でも、やっぱり私としては、みんな傷つける事無く、仲良くしてもらいたいんですけど・・・★」
「ふん・・・、戯言を・・・・・・。」
 ボソッ、と。呟かれた治基の言葉に、ムッとしてそちらを見る紗依。
「今、何かおっしゃいましたか?」
「何者も傷つかず、皆々までが争うこと無く豊かに生きられる国―。その頂点で、下方を見る事無く、贅沢三昧に生きられておられる姫君の口からでは、空々しい言葉でしか無いと申し上げただけの事―。」
 サラリと、何の感情も乗せずに吐かれた台詞に、グッと言葉を失ってしまう。・・・確かに、この治基という男の言う内容は、一理ある。
「・・・確かに・・・。一人で、この時代には高価だったんじゃないかと思うマンゴープリンをバカスカ食べまくった初姫さんの行為には、反省してもらいたい、と私も切実に思います。」
「ほぉ・・・?」
 今度は実に嫌味ったらしい口調で、治基。
「その罪の意義は認めながら、己れの罪としては、お認めにならない、と・・・?」
「ですから、私は初姫さんじゃないんです! そのマンゴープリン莫迦食い事件の後、初姫さんが貴方に殺されそうになったでしょ? 城の抜け道の外で、待ち伏せして・・・」
「ああ、あの時には、してやられましたな―。まさか、見破られていようとは・・・。
 いくらお待ちしても、道理でお出ましにならぬ訳だ。」
「一度は、貴方は成功されたんです。」
「? ・・・おっしゃる意味が分かりかねますな。」
「ですから、信じていただけないかもしれませんけど、一応お話だけはさせていただきます。実は・・・」

***

 ―事の顛末を語り終えると、そこに言葉を発する者はいなかった。ただ、顎先をしごきながら、思案する風の治基―。
「・・・信じられませんよね? 私だって、ここにこうしていなかったら、信じられないくらいですもの・・・。」
「信じるも、信じないも・・・。ワシには、そもそも何を話しているのかすら、分からんかったし・・・。」
「荒唐無稽―、ではありますな。」
 相変わらずのポーカー・フェイスのまま腕組みして佇み、風魔霞丸はチラリ、と己れの主の方を見る。大野治基にすべての判断を任せる―、という意だろう。
 あとは・・・、と。するべき事は一応したんだ、と。今はもう他に考える事も無く、紗依もまた大野治基へ目線を固定した。
「・・・いや。文献で、確かに、そのような話を眼にしたことは、無いとは言えぬ・・・。」
「兄者!?」
「治基様っ!?」
 意外と言えば意外なくらいにアッサリと、そう言い切った治基の言葉に―。紗依が一番、驚いていたかもしれない。
「あの、治基さん! そしたら、ひょっとして・・・!」
 自分が元の世界に戻れる方法も知っているのか、と。そう尋ねる前に、彼は言った。
「しかし、それとこれとは、また話は別だ。つまり・・・、貴女が『初姫』ではなく、『紗依』というまったく別の女性だという証明には、今の話では何一つなっていない・・・。」
「そう・・・、ですか。」
 ― じゃぁ、一体どうすれば、それを納得してもらえるっていうんだろう・・・?
 本当に疲れ果ててしまい、その場にペッタリと腰を落としてしまう。ガックリした余り、眼に涙が滲み出てくる。
「なぁ、兄者・・・?」
「・・・・・・ふん。」
 遠慮しているつもり、なのであろう。信正にしては控えめな声で囁きながら、ツンツンと肘鉄をくらわされよろめきながら―、治基。
「霞丸。」
「はっ!」
「この女、とりあえず湯浴みをさせた後に着替えを与え、休息させよ。・・・望みあるなら、それなりにかなえてやって良い。・・・その意、分かるな・・・?」
「御意。」
「では、後は任せる。・・・『紗依』とやら。」
「あ、はい。」
 一転して、やけに優しい口調に眼を丸くしながら、紗依は相手を見る。
「己れの身の証は、己れで立てよ。」
「・・・頑張ります!」
 うなずいて、そう答えてから。慌てて、付け足す。
「あの、治基さん―、ありがとうございます。チャンスをくれて・・・!」
「さて・・・。」
 フッと、優しさから嘲笑めいた色に変わる笑顔。
「ただ、その細い首と可愛らしい頭の別離まで、僅かな時を稼いだだけにならぬと良いがな・・・?
 まぁ、せいぜいあがいてもらうとしようか・・・、この私を退屈させぬ程度には、楽しませてくれるよう―、期待させてもらって良いのだろうな・・・?」
「それは―、お約束出来ません。」
 正直に、紗依は言う。楽しませるどころじゃない、こっちとしては必死も良いトコだ。どうすれば証明出来るかなんて、とてもじゃないけど思いつかない・・・。
「でも、頑張ってみます。それだけしか、言えません。」
「ふ・・・。」
 口元が歪み、ふはははは、と。大きな笑い声が続く。
「いつまで、その謙虚な面を被っていられるか・・・、楽しみだな、初姫―。」
「紗依です!」
「ああ、そうであったな。では紗依、身の証が立てられそうならば、霞丸に物申せ。また会いに来てやろう―。それまで息災にな―。」
「お忙しいところ、ご苦労様でした! そちらこそ、健康に気をつけて倒れないようにして下さいねっ!!」
 あまりの顔色の悪さに、つい言ってしまった台詞に。少し驚いたように、顔を見合わせる三人。何かまた可笑しい事を言ったかと身構えてしまった紗依に、それ以上言葉を告げることは無く。
 大野兄弟は、退場―。残った霞丸の前で、そろりそろりと立ち上がる、紗依。
「・・・紗依殿は、医学の心得でもあるのか?」
「はぁ?」
 意外な質問に、おもわずそう言ってしまってから。大慌てで首を振る。
「無いですよ、そんなの。でも、治基さんって、何か、よく寝てないっていうか、栄養が足りていないっていうか・・・。もっと太陽の光を浴びた方がいいんじゃないかって感じに顔色悪すぎでしょ?
 倒れたりしたら、大変じゃないですか。・・・偉い人なんですよね、『目付け』って言ったら・・・。」
「まぁな。それに、あの方は大変勉強熱心でもある。」
「あ、何か判ります。真面目で勉強家で、それだけに何か自由奔放な人とは、うまくいかないかなってタイプ。」
「ああ・・・。だが、それだけでは無い。真実、この望月藩の行く末を案じ―、このままでは藩だけでは無く領民の生活すら脅かす時が近い内にやって来るだろうと見越しての、今回の謀反なのだ・・・。
 ―意味も無く、主従のならいに反するようなお方では無い。その才能を認めず、その進言を取り入れず―、ただ国を衰えさせるばかりの政を行ない続ける、無能な主君を排する以外の道しか残されぬまでに追い詰めたのは・・・。
 望月藩主―、そして、その姫・・・『初姫』に他ならぬのだ。」
「・・・あの〜、一体、『初姫』さんって・・・★」
「・・・聞きたいか?」
 チラリ、と。一瞥してきた霞丸に、強くうなずいて見せる紗依。
「はい。この体を持つお姫様が、どうして治基さんと、そんなに仲が悪くなってしまったのか・・・。それって、すごく重要な事だと思いますから。是非、教えて下さい。」
「俺の知るのは、すべて治基様より聞き及んだ事だが・・・」
「勿論、それで構いません。聞かせて下さい!」
「―長くなる。湯浴みを済ませ、着替えた後・・・。眠りにつくまで少し話そう。後はまた、続きを伝えれば良い。どうせまだ時間はある・・・。」
「はい、分かりました。あ、そうそう・・・。」
「何だ?」
 先に立ち、地下牢から城へと通じる道を歩き始めた霞丸に、真剣な顔で、紗依は頼んだ。
「すみません。この、お姫様の着物って、すんごく重いんですよね・・・。ですから、出来れば着替えは、もっと質素で身軽なのにしていただけますか?
 ただでさえ、着慣れてないものですから・・・★」
「ああ、まぁ・・・、侍女や女中の着物くらいなら、すぐに都合もつくだろう。」
「ごめんなさい、お手数おかけしますけど・・・。本当なら、霞丸さんみたいなズボンとかの方が動きやすそうですけど」
「女人がか!?」
 つい叫んでしまった相手に、でしょうね、と、苦笑い。
「きっと、この時代なら、そう言われるかと思いました★」
「紗依殿の世界では、女人もこのような忍び装束を身につけているのか・・・!?」
「紗依、だけでいいですよ。ええと、微妙に違うんですけど、そういう服も、アリなんです。男の人でも、女の人でも。」
「・・・面妖な・・・・・・。異国でも、そのような風俗を持つ国など、聞き及んだ事は無い・・・・・・。」
「それも、治基さん情報ですか?」
「ああ、あの方は、暇を見つけては様々な知識を俺に与えてくれる。諜報活動に、役に立つように、とな。良い主君であろう―?」
「霞丸さんは、治基さんの事を、本当に好きなんですね?」
「好き?」
「はい。何かすごく、大事にされているというか・・・」
「それは、仕える主君なれば、当然の事だろう。」
「でも、なかなか出来る事じゃないですよ。治基さんも、すごくラッキーな人ですよね、そういう意味では。」
「その分、上司には恵まれておらぬがな・・・。」
「それを言ってしまっては・・・★」
 元も子も無いのでは、と。苦笑―。いつの間にか、廊下の片隅に導かれ、そこに待っていた女の人に二言三言囁く。
「紗依殿?」
「あ、はい。」
「湯殿にご案内致します。どうぞ、こちらへ・・・。」
「ありがとうございます。」
 ペコリ、と頭を下げ、軽く片手を上げて見せた霞丸にも会釈ひとつ。
「後ほど、また。」
「はい!」
 クルリと背を向け去って行った相手をしばらく見送り、待っていてくれた女の人に従って、紗依は久し振りのくつろぎの時間を堪能したのであった。





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