(あなざぁ用心棒・番外編)
   〜望月藩『姫君ものがたり』〜





 ― 数日後。紗依は、ボーッと。庭の景色を眺めながら、考え込んでいた。
 結局―、疲れがたまっていた証のように、久々のお風呂から上がり、浴衣風の寝巻き兼用の着物の着方を教えてもらってから。ふかふかの布団に座るなり、いつしか眠ってしまったらしく・・・。ちゃんと布団に潜り込み、熟睡してしまった一日目。
 二日目からは、約束通りの『初姫』物語が開催され、時には信正まで参加して、あれよあれよと三日間、それでもダイジェスト版による初姫の逸話で時は過ぎた。
 なるべく、客観的に話してくれているらしい霞丸の眉間にも皴がよるくらいの数々のエピソードは、とにかくどれだけグローバルに初姫が自由奔放に生き抜いてきたか、それに伴う出費が毎年国政の二割程度を占めていて、時には更に一割上乗せされる事もままあり・・・。
 その上、財政難打開の為に組まれた婿養子の話も、嫁入りの話も、すべからく拒否。裏工作に走り、悉く破談―、等々の、それはもう『初姫』といえば『わがまま・じゃじゃ馬』の代名詞だと言う証明話のオンパレード―。

 ― ・・・ごめん、初姫。何かもう、既に貴女に対する私の同情の限界ってのが、ぶっちぎれまくっている感じです・・・★

 敵方からの視点のお話だけに耳半分に聞いておこう、と。そう思って聞いていたはずなのに・・・。マンゴープリンのみならず。マツタケ、丹波栗、フカヒレ、その他珍味の類まで、耳にしたものを(しかもそれこそ食べ時にあわせて!)遠方より遥か遠くから取り寄せては、豪勢に食べまくっていたようでは・・・。流石に、ちょっとばかり同情しにくい。
 ― というかむしろ、いい加減にしなさーい! と笑顔でハリセンでツッコミを入れたくもなろうというもの―。
 ― ・・・大体、このペンダントだって、いくらくらいしたんだろ★
 太陽の光を受けて、キラキラ光る緑色の石・・・。
 ― っていうか、何だったの、あの警報・・・? これのどこに、そんな機能がついているっていうの・・・?
 いくらひっくりかえしてみたところで、どこにもそんな仕掛けは見て取れない。
 ― ・・・分からないなぁ・・・★
 タメ息ひとつ。とりあえず胸の中にしまいこみ、そろそろ夕食の支度の手伝いをしなければ、と立ち上がる。
「また、飯場の手伝いか?」
「ええ、何もしないでいると、体がなまるばかりですから@」
 いつの間にか傍に立っていた霞丸に、笑って答える。最初はかなり心臓に悪かったが、それも慣れた。一応、自分の監視役―、しかも忍者なのだ。いつどこに出て来ても、おかしい事は無いだろう。
「ところで、ちゃんとお手紙の方は大丈夫でしたか?」
「問題無い。こちらに『初姫』の身柄がある限り―、あれを『偽』と断じるだけの材料も、あちらには無いはずだからな。」
「それに、ちゃんと宗重さんとも面会させてもらいましたものね。」
「ああ・・・、あれは、なかなかの見ものだったな―。」
―犠牲者をこれ以上出さぬ為―、治基の下した判断は、筑波宗重を城に招き『初姫』の無事を確認させると共に、この場所への逗留の意思を自ら伝えさせるものであった。
 『初姫』本人を前にして、その口から意思を伝えられては、筑波宗重としては異論を唱えられるはずも無い。
 同行してきた用心棒は、紗依の注文で椿泰乃丞、霞丸からの口添えで、辰波一刀斎の二人が選ばれていた。
 『棒さん』ならば、一行の中で一番中立的かつ冷静に、話を聞いてもらえるし、宗重をうまく押さえてくれる。そして一刀斎は・・・。
「ああ、あいつは、こちらに買収させてもらった。」
「そ、そうだったんですか・・・★」
「命あってのモノダネだー、それに金が加われば、用心棒稼業などとほざいている輩のほとんどは買収に応じてくるものだ。」
「中には、そうでない人も・・・?」
「それはいる。己れの振りかざす信念などと、ほざき執着するような輩などは・・・、無駄死にを選ぶ奴もいる。」
「じゃぁ、一刀斎さんがそういう人で無くって、良かったかも。」
「裏切り者を、『良かった』、と・・・?」
「裏切られるのは悲しいけれど―、無茶して死なれてしまうよりは、まだマシですから。」
「・・・妙な女だ―。」
「え、そ、そうですか?」
 赤面しつつ、火照った頬を手で覆う。そうは言われても、お金で雇われて、命を失うかもしれないケガをされたと聞いては・・・、やはり命を大事にして生き延びてもらう方が自分としてはありがたい。
 ― 自分の為に、命を失った者がいるなんて・・・、そんな事は絶対避けたい。せめて、名前と顔を知ってしまった人たちだけでも・・・。
―「良かった。」
とりあえず、今のところは何の不穏な空気も感じられない。
「やっぱり治基さんは、すごく頭の良い人なんですね。」
「ああ。こと政に関しては、やはりあの方の采配には間違えは無い。」
 自分の事のように嬉しそうに同意する霞丸に、微笑んでうなずいて見せる。
 ― 問題は、自分が『初姫』でない証明が、未だに出来ていない一点だろう。
 いや―、今の時点では、ひょっとして『初姫』でない事が証明される方が、問題になってしまうのだろうか・・・?
「・・・また、悩んでいるのか?」
「ええ、まぁ・・・。」
 それは―、悩みもする。結局、このペンダントの事は分からずじまいも良いところだし。自分が『初姫』ではない、という証明方法も考えつかないし・・・。
「まさか、宗重さんに聞く訳にもいかないし・・・★」
「それは・・・、まぁ、無理難題だな。」
「ですよねぇ・・・★」
 意味が無いどころか、今の仮初めの停戦状態にも支障が出てしまう。
「証明するのも、あれなんですけど・・・。」
「ん?」
「それより、もっと重要な事ってありますよね?」
 怪訝そうに首をかしげて見せる霞丸に、はぁ、と。タメ息ひとつついて見せてから・・・。紗依は、告げる。
「この体は、紛れも無く『初姫』なんです。」
「ああ―、そう言っていたな。」
「で、中身というか、精神というか・・・。心だけが、私なんですよね?」
「ああ、それも聞いた。」
「じゃぁ、ですよ? 肝心の、『初姫』の心は、どこに行ってしまっているんでしょう???」
「それは、まぁ、単純に考えてみると・・・。」
 少し、言葉を切ってから。霞丸は、ゆっくりと、答える。
「・・・お前の、元の体の中、か・・・?」
「・・・だとしたら、どうやって、私は元に戻れば良いんでしょうか? 元に戻れたとしても・・・、『初姫』が反省してくれなかったら、また治基さんとケンカ始めちゃうんじゃないかって、すごく心配なんですけど・・・★」
「・・・いっそ、戻らなくても良いのではないか?」
「霞丸さん〜っ! 冗談は・・・」
「霞丸。」
「! これは、治基様・・・!!」
「あ、治基さん、お久し振りです。ちゃんと眠れてますか?」
 いつの間にやって来ていたのか・・・、そこに無表情のまま佇んでいた北浜城主の姿に驚き、一歩退いて頭を下げる忍びに、良い、と短く彼は告げた。
一報紗依の方は、相変わらずの顔色の悪さに、ついそんな挨拶をしてしまう。小さく首を振って、相手は一言。
「一体いつ『初姫奪回』名目の雇い連中に寝首をかかれるかと、夜もまんじり眠ってもおられんな―。」
「ええっっっ!? だ、大丈夫なんですか!!」
「治基様、我らが命に代えましても、御身は必ず・・・!」
「ふん・・・、冗談だ。」
 実につまらなそうにチラリと一瞥―、真面目な顔で詰め寄るように近付いてきた二人に目線を走らせ、鼻先でフン、と嘲笑う。
「ちょっ! 本気で心配しちゃったじゃないですか!!」
「・・・お疲れのご様子でありますな。」
「ああ―、疲れもしよう。国政にかまけるならばいざ知らず―未だに、じゃじゃ馬姫の御身安泰を気遣って、望月の名代たる使いの者が日参し―。
一日も早いお帰りを促すよう、よりによって、この私に―、わざわざ頭を下げて頼んでくるのだからな。今日の手土産は、姫君のお好きな城の庭木の柘榴だという事だぞ。
後でご賞味されるが良い、『初姫殿』―。」
「う〜ん、柘榴ですか・・・? あ、私よりも、治基さんが食べた方が良くありませんか?」
「? 私が???」
「あれって、血行良くなるんじゃなかったでしたっけ? とりあえず、体に良いはずですから・・・。疲れも取れるかもしれないし!」
「・・・まぁ、確かに。」
 霞丸も、小さくうなずいて、主君に視線を走らせる。
「―霞丸?」
「は。」
「・・・効用を述べよ。」
「は・・・。石榴の主な効用は、血中の汚れを取り除き、偏った血液のバランスを取る点にございます。」
「それだけでは、あるまい?」
「他には、精神安定、利尿作用、血糖値降下、神経や筋肉の興奮鎮静作用、高血圧や心臓病の予防にもよろしいかと・・・」
「あ、そうだ。更年期障害にも良いって、聞いた事がありますよ!」
「・・・更年期、障害・・・・・・?」
「え〜と、よくは知らないんですけど、確かそんな事がどっかに書かれていた気がします。とにかく、体に良いって事ですよ、ね! 霞丸さん@」
 にこにこにこにこにこ@ 人懐っこく笑う少女の笑顔を、ジッと見。神妙に控える忍びの方を、チラッと見・・・。
「・・・そうらしいな、霞丸・・・?」
「御意。」
「・・・『更年期障害』か、私は・・・?」
「いえ、滅相もございません・・・。」
「っつ〜か、この時代―、四十五にもなれば、墓場まで後五年だっつ〜話もある気がするのだがな・・・。」
「治基様は、まだまだこれからのお方―。紗依はただ、御身の健康を気遣っていただけでございます。」
「あの〜、何か、私、変な事言ってしまいました・・・?」
 ボソボソと交わされる主従の会話は、彼女の耳には今いち届いて来なかった為。その雰囲気に、不安そうな声で尋ねてみれば。
「・・・いや。ただ、霞丸とその方が、随分と仲良くなったものだなぁ、とな・・・。」
「そ、そうですか? いろいろと親切にしてもらってて、申し訳ないくらいなんですけど・・・。」
「ほぉ・・・、親切に、な・・・。」
「ええ。女中さんとか腰元さん達とかにも、いろいろと仲良くしてもらってますし・・・。最近は、ちょっとずつこちらにも慣れて、お食事の作り方とかも教えてもらってます@」
「・・・姫君が、女中仕事を・・・?」
「だから、私は『お姫様』じゃないんですから★」
 苦笑しながら、紗依は爽やかに笑う。
「それに、元から結構、お料理とか好きなんですよー。だから、こっちのお台所の使い方覚えたら、少しはご馳走出来るかもしれないです@
 そしたら、是非信正さんも交えて、皆さんにご馳走させて下さいね〜@@@
 あ、そろそろ行かないと! それじゃ、治基さん、霞丸さん、また!!」
 見事に板についてきた女中走りで廊下を去って行く紗依の姿に、おもわず無言で見送る二人。
「・・・霞丸。」
「は!」
「あの女・・・、本当に、自力でまかない仕事をするつもりか・・・?」
「はぁ・・・、一応、そのつもりのようです。話によると、元の世界では、何やらガスやエレキテル・・・電気、とか申すようですが、それを使って様々な道具を駆使し、膳の支度を行なうとの事・・・。」
「・・・ふん・・・・・・。」
 細い顎をしごきながら、しばし何事かを思案する風の主の姿に、訝しげに忠実な忍びは、問う。
「治基様?」
「霞丸。」
「は!」
「ならば、機会を見計らい―、この時代の食材、調味料、その料理法等の知識をさりげなく与えておけ。妙な代物を食わされてはかなわん。」
「は・・・!」
「それと」
 自室に向かいながら、治基は少し眼を空に泳がせてから。おもむろに―。
「私の好む食についての情報も、流しておくように。期待はせぬが、その方が多少はマズくとも―、どうにか耐えられる可能性が上乗せされるからな・・・。」
「は! 肝に銘じておきます!!」
「うむ―。生死に関わりかねん重要事項ゆえ、ゆめゆめ怠るなよ・・・!」
「御意!!」

 ―勿論、紗依は。この主従のやりとりを、知る由も無かった―。





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