クリスマスパーティ
「クリスマスパーティ?」
紗依の突然の申し出を受けた初姫は、思わずもう一度言われた言葉を繰り返していた。
「はい、未来では今ちょうど、クリスマスの時期なんですよ。あ、クリスマスって言うのは・・・」
「それは名案じゃ! よし、早速みんなを呼んで、ターキーとシャンパンを用意させよう。あ、ツリーもほしいが、どこかに落ちていないものかのう。おい、誰かおらんのか!」
「え? ちょっ、どうしてそこまで知って・・・」
「どうかされましたか、姫」
呼ばれて真っ先に顔を出したのは宗重だった。
紗依が来ていると知るや、急に顔が明るくなる。
「おお、これは紗依ではないか。どうした、何か望みでも・・・」
「たわけ! おぬしを呼んだのはわらわじゃ!」
すぱん、と気持ちよい音を立て、初姫のハリセンが宗重の後頭部を直撃する。
「った! 姫、いきなり何をされるのです」
「何をされるのです、ではないわ! まったく、紗依のこととなると我を忘れおって。
まあ、そんなことはどうでも良い。今宵、クリスマスパーティを開くぞ」
「な、何と、クリスマスパーティですと?」
宗重の顔が大きく驚きに彩られる。
「あ、あのですね、クリスマスというのは・・・」
「それは名案ですな、姫」
「ええ?」
「よし、では、拙者、紗依のクリスマスプレゼントを用意してまいりますゆえ!」
しゅっと手をあげると、宗重はそのまま走っていってしまった。
「・・・まったく、いい年して浮かれ追って。紗依、あやつは金は持っておるからな。プレゼントも期待してよいと思うぞ」
深いため息をついてから、再び初姫は大きな声をあげた。
「おい、他に誰かおらぬのか!」
直後、どたどたと騒がしい足音が聞こえてきた。
「何だ? 何か用か?」
「お呼びですか?」
「どうしたの?」
足音の主たちが揃って顔を出す。
心ノ介、泰之丞、用三郎の三人組だ。
部屋の中に紗依がいることに気がついた用心棒の行動は、目にも留まらぬ速さだった。
三人は紗依を取り囲む。
「よう、元気だったか? 何か顔色が悪いみてえだが、よく見せてみろ、ほら、おでことおでこをくっつけて・・・」
「心は半首が邪魔で、おでこくっつけても熱測れないだろ!」
「うおっ! そうだった! ちょっと待て、今はずして・・・」
「良いから、あっち行っててよ。僕が代わりに・・・」
「いや、ここは空想科学に造詣の深い拙者が見て差し上げよう。拙者なら、宇宙人と入れ替わっていても一発で・・・」
「どさくさにまぎれて適当なこと言ってんじゃねえ!」
「なっ・・・、適当だと? お前は宇宙人否定派か。そもそも宇宙人の最初の目撃例は・・・」
「ええいっ、やかましい!」
すぱん、すぱん、すぱん、という威勢のいい音ともに、初姫のハリセンが炸裂する。
「いってえ!」
「うわ、星が見えるよ・・・」
「姫、一体何を・・・」
「一体何を、ではないわ! まったく、浮かれおって!
まあ、この際それはどうでも良い。良いか、今宵、クリスマスパーティを開くぞ」
「クリスマスパーティ?」
仲良く三人の声が重なった。
「あ、あのですね、クリスマスというのは・・・」
「そりゃすげえ! 早速今から準備しねえと・・・って、何すりゃ良いんだ?」
「しっかりしろよ。プレゼントだよ、紗依への」
「ふむ。あまり時間がないな。そうとなれば、拙者、これにて失礼させていただきます」
「えっ? どうしてみんなクリスマスを知って・・・」
「おう、じゃあ、俺たちはこれで! また後でな!」
三人は一様にしゅっと手を上げると、登場と同じくどたどたと走っていった。
「うーむ、棒や用はそれなりに場数を踏んでそうじゃから、金がなくとも何とかするじゃろうが・・・。心は正直、期待しないほうが良いぞ」
深いため息をつくと、再び初姫は大きな声をあげた。
「おい、成仏エクスプレス! そろそろ出番じゃぞ!」
直後、気配もさせず、一人が部屋に入ってきた。
「やめろ、その名でよぶのは。殺すぞ」
「なんだ、一刀斎。拙僧のネーミングセンスを疑うのか。罰当たりな奴め!」
長身の一刀斎よりさらに大きい紋山が一刀斎の後ろから現れ、大いに不服そうに口を尖らせている。
だが、不機嫌な二人の顔色は、紗依の存在に気がつくや、一変した。
「ややっ、これは紗依ではないか!」
「・・・女、いたのか」
紋山は嬉しそうに、一刀斎は無表情を保ちつつもまんざらでもない顔で近づいてくる。
「元気にしておったか、おお、そうか、寂しかったか、なでなで」
「おい、勝手なまねをするな! そちらがそのつもりなら、こちらも・・・なでなで」
「きゃっ!」
「やめい! セクハラエクスプレス!」
すぱん、すぱんと、ものすごい音がして、初姫のハリセンが男二人を畳に沈めた。
「いたた・・・うお、拙僧、今ちょっとあっち側の世界が見えてしまった」
「この女、見捨てたほうが良かったのではないか」
よろよろと起き上がる二人に、初姫はふん、と鼻を鳴らす。
「油断も隙もない奴らよ!
ああ、もう、良いのじゃ、そんなことは。良いか、今宵、クリスマスパーティを開くぞ」
「は?」
「クリスマスパーティだと?」
突然のことに二人とも目を見開く。
「あ、クリスマスというのは・・・」
「おっ、では今夜は宴会だな」
「おぬしは僧だから、クリスマスは関係あるまい」
「いやいや、拙僧は八百万の神を信じておるから、問題ないのだ。そうと決まれば、色々準備せねばならぬな」
「仕方ない・・・」
「ええっ。だからなんでみんなクリスマスを・・・」
「では、また後で」
しゅっと手を上げると、二人は音もなく走り去っていった。
「紋山はあれで気のつく男じゃから、きっとおぬしを喜ばせてくれると思うぞ。一刀斎だって、口ではあんなこと言っておきながら、柄でもないことをやってくれるじゃろう」
ふむふむ、と一人うなずいていた初姫は、ゴホン、と咳払いをした。
「この展開を読めないほど馬鹿ではあるまい。もう出てきて良いぞ」
すると、その言葉とともに二人が部屋に入ってきた。
「正直、このままスルーされるのかと思いましたぞ」
「姫様は我々がずいぶん前からいることを知りながら、我々を放置しておりましたね」
恨みがましそうな治基と霞丸の視線を受けながらも、初姫はしれっと言い放った。
「わらわの命を狙った罰じゃ。これで色々水に流そうというのじゃ。わらわは菩薩のような女ではないか」
「菩薩というより鬼神ですな」
「いえ、治基様。それでは鬼神に失礼というもの・・・」
「何じゃと!?」
いよいよ雲行きが怪しくなってきたので、あわてて紗依が間に入る。
「あの、平和的にいきましょうね。どうか三人とも落ち着いて」
「これは・・・」
「紗依!」
紗依の顔を見るや、二人の表情は見る見る輝きを取り戻した。
「これは、お見苦しいところをお見せしました。紗依さん、お久しぶりです」
「紗依。元気だったか?」
「はい、おかげさまで」
二人のあまりの変わり身に、初姫は己の額に手を当てる。
「まったく、どいつもこいつも鼻の下を伸ばしおって。これじゃから男は・・・。
って、こら! 二人とも! 勝手に紗依に触るな!!」
おなじみの音とともに、初姫はお気に入りの得物を、思う存分二人に振るった。
「くっ、何だ、今の衝撃は・・・」
「は、治基様、大丈夫でございますか・・・?」
頭を抱えながらふらつく二人に、初姫のまなざしは冷ややかだった。
「たいした生命力じゃ。
まあ、良い。おい、今宵、クリスマスパーティを開くそ」
「クリスマスパーティ?」
「ここで、でございますか?」
「そうじゃ。当たり前であろう」
当然とばかりに言い切る初姫に、治基の表情が曇った。
「そのようなことならば、我が北浜城をお使いください。そちらのほうが色々ともてなしもできましょう」
「あそこはいやじゃ。また閉じ込められぬとも限らん! トラウマの地じゃ、誰かさんのせいで。言っておくが、あそこから逃げるときにはもう紗依の意識はわらわにうつっていたのじゃ。紗依だって怖いはずじゃ」
「うっ・・・」
痛いところをつかれて、治基は言葉に詰まった。
「致し方ありません。では、私はこれで失礼致します」
「では、また後で」
しゅっと手を上げると、二人はやっぱり走って去っていった。
「・・・そういえば紗依。おぬし、クリスマスがどうのという突っ込み、忘れておったな」
「もう、何か自分が馬鹿らしくなってしまって」
「まあまあ、細かいことは気にするな。見たか、あの治基の顔。あいつは金も権力もあるからのう。贈り物には期待してよいと思うぞ。
霞丸は・・・・・・正直、想像がつかん。心よりはマシであろう、としか言いようがない」
首をひねりながらも分析を終えた初姫は、ぽん、と紗依の肩に手を置いた。
「ま、宴会の件は爺に任せておけば心配ない」
「でも、私が言い出したことですし、何かお手伝いしないと・・・」
「良い良い。どうせそろそろ忘年会をしようと思っていたところなのじゃ。それより、夜までには誰を選ぶか、はっきり決めておくのじゃぞ」
「えっ・・・」
首をかしげる紗依に、初姫は腕組みをする。
「ふむ、自覚がないのが問題じゃな。うううっ、心配じゃ・・・」
かわいらしい顔をしかめて、なにやらぶつぶつと呟き始めてしまった。
「は、初姫さん?」
「よし! わらわが一肌脱いでやろう!」
「え?」
ぐっとこぶしを握り締めて、初姫は立ち上がった。
「夜までにわらわが男と女の色々を伝授してやろう!」
「ええっ!?」
妙にうきうきしたこの藩のじゃじゃ馬姫の顔を見ながら、紗依は言い知れぬ不安を覚えたのだった。
そんなこんなで夜となり、クリスマスパーティは幕を開けた。
おなじみのメンバーに加え、望月藩の家臣が勢ぞろいしたため、大変盛大なパーティとなった。
忘年会もかねていることで、年忘れの宴会ということもあり、盛り上がり方は半端ではなかった。
普段いかめしい顔をしているお侍さんも、顔を真っ赤にして酔っ払いながら、腹踊りをして喜んでいる。
料理も贅を凝らしたものが所狭しと並べられており、どれもこれもおいしかった。
程よく皆に酔いが回った頃合を見計らって、初姫はマイクを取った。
「さあさあ、集まりのものたちよ! ここからはいよいよお待ちかね、望月藩恒例のビンゴ大会じゃ! 今年は一等はハイビジョンテレビとDVDレコーダーじゃぞ! 気合を入れよ!!」
「うおおおおっ!!」
参加者の雄たけびがこだまする。
もはやクリスマスの雰囲気は欠片もない。
盛り上がりが尋常でなくなってきて、その勢いに気後れした紗依は、そっと座敷を抜け出した。
楽しいことには違いないなのだが、素面で付き合うには限界だった。
「そうだ・・・」
何を選びますか?
隣の座敷をのぞいてみる | 手招きされたのに応じる | 庭に出てみる | 勧められた酒を飲む |
庭にいる人物に近寄る | 大人しく説教される | 屋根の上の逢引 | 紳士からの誘い |